実施報告


卒業五十周年記念実施報告

「伊那北の頃から半世紀」

母校の開校から間もなく一世紀。我々も卒業後、半世紀を生きてきたことになる。これまでの生涯を振り返るとき、青春時代の真只中ともいえる高校生活が、その後の生き方の起点になっているように思う。

暑い夏の土曜午後、校庭の真っ黒に日焼けした球児と薬缶、ラグビーポールと青い空、そして溜池と見紛うプール、或いは旧体育館響かす吹奏楽、二階大教室の自主的な講演会等々。当時のTV番組「青春とはなんだ」や「これが青春だ」の躍動感と共に、自由で知的な雰囲気も合わせもっていた伊那北。

確たる重みのある「伊那北の頃」という経験の塊のようなものが、有為転変の人生のなかに存在していることを感じる、との唐澤敏実行委員長の言は頷ける。

平成30年10月14日、大芝荘。三桁の参加を目指し呼びかけ、ぎりぎり百人丁度。

講演会は冬季オリンピック選手二人を育てた新谷純夫君の「世界で一番スケートが好き~好きを育てる」。独創と情熱の指導が、金メダリストの小平奈緒選手らを育てたことが十分伝わる話で聞き応えがあった。

恩師春日輝海先生(中20回)のスピーチは含蓄のある話だった。私たちより二回り先輩でもある先生が、九十代で知った俳句で味わい深くなかなか良いと思ったので、と紹介してくださった。

「浜までは海女も蓑着る時雨かな」(滝瓢水:江戸期)

「どうせ海に入れば濡れてしまうのに、なぜ蓑を着る必要があるのか。時雨は身体を冷やす、せめて浜までは身体を冷やすまいと蓑を着て自分の身体を愛おしむ。つまり、どうせもうこの年だからどうでもよい、という考え方は持つまい。精々努めて、人生のゴールではたとえ僅かでも前へ進めるだけは進もう。少しでもましな人間になりたい、と考え明るい気持ちで生きていくことが大事」という内容だった。

20回生「不撓の会」は、身体は老いたとしても、心意気は撓まずに生きていきたいとの思いが名称に込めてあり、この会の名に相応しい話の内容で本当に良かった。

その夜の友との語らいと酒は、心に沁みた。

それじゃあ、また。百折不撓で逢いましょう。(文責 松崎 正)